5 最小認識能



第5回サイファイ・カフェSHE札幌



テーマ: 最小の認識能をどこに見るのか
今回は、認識を構成する最小要素は何なのかというミニマル・コグニションの問題を取り上げます。これは最初の認識能が進化のどのレベルで現れるのかという問題でもあります。この問いに対して、研究者や哲学者はいろいろな基準を出していますが、どの基準を採用すべきなのかというコンセンサスがないように見えます。認識能とその進化をどのように考えるべきなのかについて講師が概説した後、参加された皆様に議論を展開していただき、懇親会においても継続されることを願っております。

日時: 2018年6月2日(土) 16:00~18:00

会場: 札幌カフェ 5Fスペース
札幌市北区北8条西5丁目2-3 

 (2018年2月19日)

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 会のまとめ

最小の認識能をどこに見るのかという問いは、講師が以前から興味を持っていたものではなかった。それは免疫系についての研究の中で偶然派生してきたものである。つまり、免疫の本質を探る中で得られた結論が、このテーマの解決に寄与できるのではないかと気付いたからである。免疫をどう捉えるのかは大きな問題である。その定義によって免疫とされるものの範囲が異なってくるからである。人間からの視点に立てば、我々と同じように抗体を持ち、リンパ球を持っていなければ免疫とは言えないということになる。それはまさに、認識能を持つということは脳や神経を持つことと同義であるとする立場と重なって見える。しかし最近、免疫系や神経系をその構造ではなく、機能的な側面を重視するような見方が生じている。つまり、免疫系であれば、抗体やリンパ球の存在に依存しないものも免疫の中に含め、神経系であれば、脳や神経の存在をその条件としない見方である。
そこで次のように考えて免疫系の解析を進めた。免疫の本質を探るために、広い意味での免疫系を持つとされる生物(それは細菌からヒトに及ぶ)に共通する最も小さな機能的要素を仮に本質と定義すると、以下の4つの機能が現れる。(1)自らの外にあるものを認識すること(認識)、(2)受け取られた情報を纏めてその意味を解釈すること(情報の統合)、(3)その情報の意味に合わせて効果的に対応すること(反応)、(4)そしてその経験を記憶すること(記憶)である。これらの機能を実行する装置の構造は種によって大きく異なっているが、機能自体は細菌からヒトに至るまで共通している。実は、この機能的要素は神経系のそれと完全に重なっている。つまり、免疫系と神経系の本質的な機能には相違がないことになり、細菌の免疫系には神経系に匹敵する認識能が具わっていると考えられる。 
最小の認識能をどこに見るのかという問いに対して、上に掲げた脳や神経の存在するものとする立場の他に、ニューロンの存在を条件とせず、外界に反応して運動で応じるもの(例えば走化性など)を最小とする立場、そして生化学的反応や遺伝子調節ネットワークまで条件を下げてもよいのではないかという立場まである。いずれの基準もその範囲内では、比較的明確に認識能を持つ生物とそうでない生物を識別することができる。しかし問題は、どの基準を選ぶべきなのかが決められない状況にあることである。ここで考えなければならないのは、どの基準が最も説明力が高いのかということである。 
ここで注目したのは、現在の生物学のパラダイムと考えられているネオダーウィニズムに対して出されている批判である。例えば、単なる物理化学的過程だけで地球上に生命が誕生した確率はどのくらいなのか、たとえ生命が誕生したとしても現在見られる生物を生み出すだけの時間的余裕は地球にあったのか、さらに心(意識)の誕生を物理学と化学で説明できるのか、もしこれらの問題を物理学と化学に依存する現代生物学が解決できないのであれば、方法論を変えなければならないのではないかというものである。 
その上で、トマス・ネーゲルは意識の問題がネオダーウィニズムの枠内で論じられるための4条件を提示している。第一は、意識が生存と生殖に重要な役割を担っていること。第二は、意識の特徴が遺伝的に伝搬されること。第三は、自然選択の対象となる遺伝的変異は、心的であると同時に物理的であること、そして第四に、これらの条件が進化の早い段階にある生物によって先取りされていることを挙げ、これが最も重要であるとしている。これらの4条件を先に示した我々の結論を基に見直してみると、すべてがきれいに片付くことが見えてくる。すなわち、講師が考えている最小の認識能に対する一つの仮説は、他の基準では説明できないことも説明する最も高い説明力を持っていることになる。 
この論理の流れは講師の中では整合性が取れていると見ているのだが、参加者にとってはなかなか掴み難かったようである。二度目の説明の後には、理解は深まったとのことではあったのだが、。いずれにせよ、専門家はこの見方をどのように判断評価されるのか、興味を持っているところである。今回もお忙しい中参加された皆様に感謝したい。

参加者からのコメント

● 昨日は大変楽しい時間をどうもありがとうございました。先生の仮説、とても興味深いと思います。それぞれの進化段階で、時間軸(寿命や細胞分裂時間)や空間軸(生物としての移動距離や活動空間)の要素を加味することで、それぞれの進化レベルでの自然免疫と獲得免疫の特徴、あるいは進化段階における免疫系や神経系の相互作用のエッセンスが見えて来るかもしれませんね。これを種に、しばらくは走りながらの瞑想?に没頭したいと思います。次回も楽しみにしております。

◀ この会で提案した仮説が以下の論文となりました。こちらの方もお読みいただき、ご批判いただければ幸いです。(2018年12月29日)
Yakura, H. A hypothesis: CRISPR-Cas as a minimal cognitive system. Adaptive Behavior. First published online: December 29, 2018.  https://doi.org/10.1177/1059712318821102 <accepted version>

この仮説が生まれるまでを綴ったエッセイが公表されました。ご覧いただければ幸いです。(2019年4月16日)
矢倉英隆: パリから見えるこの世界 « Un regard de Paris sur ce monde » (78)CRISPR-Cas、あるいは免疫系と神経系を結ぶもの. 医学のあゆみ(2019.4.13)269 (2): 179-183, 2019


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(まとめ:2018年6月3日)






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