第17回サイファイカフェSHE 札幌
日 時: 2026年10月3日(土)14:30~17:00
会 場: 札幌エルプラザ4F 特別会議室
〒060-0808 札幌市北区北8条西3丁目
参加費: 一般 500円、学生 無料
プログラム
1)14:30~16:00 矢倉英隆: 『生き方としての哲学: より深い幸福へ――
アドー、コンシュ、バディウと考える』を語り合う
今回は、昨年秋に刊行した『生き方としての哲学:より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』を材料として、その中に提示されているテーマについて検討することにいたしました。最初に簡単に内容紹介をした後、参加者の皆様が重要だと思われるテーマをさらに深堀りしたいと考えております。われわれが生きる上で参考になることが散りばめられておりますので、予めお読みいただいてから参加されることをお勧めいたします。積極的な参加をお待ちしております。
2)16:00~17:00 方波見基雄: 先験的現象学、その後の動向と潮流
19世紀後半のヨーロッパでは実証科学(数学、物理学、自然科学)に負う「繁栄」に人々は眩惑されていたが、客観的に確定しうるものだけを真理と認めるような世界観の偏向にフッサールは危機感を抱いていた。一方、席巻する実証科学の始原だったはずの哲学の弱体傾向、特に哲学が厳密性で実証科学に大きく後塵を拝してしまったことも問題視していた。さらにガリレイは応用幾何学の代数学的な算術化により空間時間的形態の純粋数学を世界全体に適用した。ガリレイによってはじめて実在的にそれ自体完結した物体の世界としての自然という理念が現れてくる。フッサールは、すべての直観的現実から完全に切り離された普遍的客観が生じ、世界と世界に生きる人間の意味の空洞化を招いていると考えた。実際に第一次世界大戦後において若い世代のうちに、このような傾向に対する敵意に満ちた気分を引き起こしていると言及している。このような客観からの隔絶感はデカルトの二元論を準備したと考え、ここに至って、実証科学と世界・世界に生きる人間との疎隔の解消と意味付けへ向けた哲学的方途の追及に乗り出した。客観的意味付与と意味妥当の根源的な場所として認識する主観性へと立ち帰る哲学である先験的哲学を応用した先験的現象学を立ち上げ、デカルトの方法的懐疑ならぬ方法的な現象学的還元(判断停止)の手法で、客観的学と分離された主体を直観的理解で接続する試みを決行した。この第2の方法序説と銘打った壮大な試みは成功しただろうか?著書の最終節を読み返した限りでは具体的な解決までには至らなかった感がある。もしそうだとしたら何が遂行を妨害したのか、若干の拙見を交えた。一方でフッサールの壮大な試みが土台となり様々な現象学に関連の深い哲学者が輩出した中で、現象学自体の枠組みを広げたミシェル・アンリと現象学に少なからず端を発する新潮流の一人グレアム・ハーマンにも最後に簡単に言及したい。
主な参照著書
世界の名著〈51〉ブレンターノ,フッサール (1970年) 「ヨーロッパの学問の危機と先見的現象学」エトムント・フッサール(1859~1937)
実質的現象学: 時間・方法・他者(叢書・ウニベルシタス 680)ミシェル・アンリ(1922~2002)
ゲリラ形而上学: 現象学と事物の大工仕事(叢書・ウニベルシタス 1200)グレアム・ハーマン(1968~)

